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新選組誕生秘録ー(24)賄いの井戸

10 三本木の弁当売り

明六つ(午前六時)になるのを待って、
俺は起きだし賄い方へ向かう。
実は昨夜は嬉しくてろくに眠れず、
暁七つ(午前四時)にはもう目が覚めていた。

台所ではお勢さんと手伝いのおばん三人が
朝飯の支度の最中だった。
たった一日しか経ってないのに、
お勢さんに会えなくなって一か月のような気がする。

「おはよ、元気?」
お勢さんが笑って声をかけてくれた。
嬉しかった!物すご~く嬉しかった!!
だが、元気なはずがない。

副長のお蔭で彼女と引き離され、
辛くて悲しくて苦しくて、恋しい毎日だった。
私がお勢さんと話していると、
あの男がどこかで私をにらんでいる。

三白眼の目に殺気がある。
警護役を俺に取られたと重っるんだ。
別にこの役を取り合うつもりはないが、
こっちも正式に土方さんから命令を受けている。

いきなり、うしろから肩を叩かれた。
振り向くと井上源三郎先輩が立っていた。
隊で私の肩を叩く人間なんていないはずなんだ

局長の試衛館道場で高弟の一人だった人だ。
私はあわてて頭を下げた。
「山崎から聞いたぞ。頑張れ!」

なんか私ののお祖父さんみたいだ。
けど、山崎さんから聞いたってどう言うことだ。
山崎さんと言えば、観察型の山崎さんしかいない。

突然、お勢さんが大きな風呂敷包みを運んで来た。
「山崎さんから注文されてたもの。
竹の皮のお弁当、まだ熱いから気を付けて!」

な、なんだ、これは!!
「知らんのか!お前、これを三本木へ行って撃って来るんだ!」
聞いてないよ、いきなり言われても、そんなこと!

「三本木は長州浪士の巣窟だ。
事もあろうに局長の新しい女が、三本木の廓にできた」
参ったなァ!土方さん簡単に俺が賄い方になるの了解してくれたと思ったら、
こんなこと考えてたんだ!

お勢さんが耳元でささやいた。
「ごめんね、お弁当の立ち売りなんかさせて!
でもこれ一回きり!明日からは、古松さんと交代させてもらうから」

お勢さんは幹部や隊士の食事より先に、
この弁当を作ってくれたんだ。
それがわかったら、土方さんから怒られるぞ
「さ、頑張って行って来て。期待してるから!」
そばに井上先輩がいなかったら、
私は思い切りお勢さんを抱きしめしまったろ。

嬉しくて嬉しくて、私は半泣きになって
弁当の包みを抱えて台所を出た。
舞い上がっちゃって
彼女に礼を言うのを忘れた。

大部屋で朝食を取り
弁当の包みを背負って三本木遊郭へ向かう。
もちろん、脇差は置いてく。

脇差さした弁当売りなんていないから。
お勢さんのいる屯所にいたい!
俺はいつから、こんな腑抜けになっちまったんだ。

いつも、お勢さんのことが頭にある。
人を好きになるって、
こんなに苦しいことなんだ!

red18
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