副長は上機嫌だった。
豪志さんも笑っている。
私だけが顔面蒼白で、頬が引きつっていた。
でも、これなら斬り合いなんて起こりっこないかも知れない。
気が緩んだ途端に副長がゆっくり動いた。
右手で兼定を抜き、その白い刃が私へ向かって伸びる。
なんでこんな動きが出来るんだ!
ほんとに、目にも留まらぬ一瞬だった。
同時に、左にいた豪志さんが私の前へ出た。
ギン!と金属のいやな音がした。
私は腰が抜けて後ずさると、
豪志さんが鞘ごと脇差で、兼定を受けているのが見えた。
豪志さんはさらに立て膝になり、脇差で上から兼定を抑え込んでいる。
兼定を引いた副長は中腰になって、素早く振りかぶった。
だが、間に豪士さんがいる。
私を斬るには彼が邪魔だ。
豪志さんが抜いた脇差の切っ先が伸びて、副長の喉元に付けられた。
副長は兼定を振りかぶったまま動けない。
刀を下ろしたら、豪士さんの脇差が喉笛を貫く。
私はを失ってそれを見上げていた。
副長が冷たく笑った。
「それまでだ」
兼定を引き、鞘に納めて座った。
それを確かめ、豪志さんも脇差を鞘に戻して元の座に着いた。
私だけが、のけ反って腰が抜けたまま動けない。
上半身の震えが止まらない。
歯の根が合わず、カタカタ音がする。
豪志さんが私を見て、座れと合図したが出来やしない。
今のは何だったんだよ!!
殺し合いをしときながら、二人は笑っている。
お前ら、変だぞ!変態だ!!
「襲撃をお勢に体験させた」
副長の言葉に、私はびっくりした。
そんなもん、したかねェよ!
特にあんたからは、されたかねェ!!
「よく覚えておけ!思いがけない時に、おもいがけない場所で、
思いもかけない相手が襲いかかって来る。それが暗殺というものだ」
副長も豪志さんも、部屋へ来た時と同じように今は冷静だ。
「豪志の対応は見事だった。不満があるとするなら、
俺の喉に切っ先を付けた時なぜ一気に突かなかった」
「私が遮らなかったら、副長はお勢さんを斬ってましたか」
「斬っていた。命を絶ちはしないが、お勢に身をもって襲撃の恐怖を知ってもらいたかった」
ガグガク、体の震えが止まりやしない!
とっても、話なんてできやしないよ!
「我々が三日前に池田屋で壊滅させた長州浪士の報復を、
国元の本隊が計画している報せを聞いた。
新選組屯所への報復が口実だが、彼らの真の狙いはお勢の奪取にある」
私は仰天した!な、な、なによ!なんで長州が、私をさらおうってんだよ!
豪志さんも絶句していた!
長州のお侍たちが、私を狙ってる?なぜ!なぜ!!
こうなったら、何が何でも理由を副長から聞き出さなければならない。
でも、こいつ言わないだろう!
言わずに今夜のようなことをしてくる。
土方ってのはそういう奴なんだ!
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