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悪魔の微笑み 27 白貴と会える 5 真奈美カレー

5 真奈美カレー

夜八時、真奈美と上重は車で帰宅した。
朝一緒に出勤し、夜娘と共に帰って来る刑事などまずいない。
仕事にならないからだ。

それでもあらゆる困難を排除して、上重はそれを実行していた。
当たり前の刑事なら、とっくにクビか転属になっているだろう。
上重は仕事ができた。

相棒の堺もよくそれをカバーした。
捜査の時、真奈美は必ず上重に同行したが、どうしても無理な時は本署にいた。
警察署は託児所ではないのだ。

当然、署長や幹部、同僚から苦情が出る。
十二才の娘を連れて出勤する刑事など非常識すぎる。
しかし、署長は上重を移動させられることはできなかった。

有能で彼に代わる者がいないからだ。
有能すぎるが故に問題もあった。
彼の妻が自宅で殺されたなども、その問題の最悪のケースだった。

妻と共に家にいた真奈美も被害者だった。
そんなこともあって、署で上重は特別な存在だった。
なくてはならない刑事だった。

上着を壁のハンガーにかけ、上重はソファーに座った。
「今日は疲れたろう。ラーメンの出前でも取ろうか」
真奈美はもうキッチンで料理にかかっていた。

「今日はカレーの気分。真奈美カレーを作る」
「うん、それならパパも食いたい」
冷蔵庫から材料を出しながら真奈美が言った。

「今日のサングラス男、どうなった」
「どうもならん」
忌々しそうに上重が吐き捨てた。

「遺体なし、証拠なし、目撃者なし、該当者なし・・・釈放するしかない」
「当たり前よ。絶対にそんなバカをやる刑事いない」
「だが俺には臭う!あれは殺ってる!」

「どこの誰を、いつどんな手口で殺したか、わかんきゃ事件にできない」
「くそ!せめて遺体だけでも手に入れば!」
真奈美は手早くジャガイモの皮をむき、大ぶりに切っていく。

これが真奈美カレーだった。
ジャガイモは必ず二種類に切る。
小さな賽の目と、ばかでかいやつだ。

賽の目は煮込むうちに溶けてしまい、馬鹿でかいやつが残る。
人参を切り、玉ねぎを切る。
鍋を火にかけて油を落とす。

具材の野菜すべてを入れ、よく炒める。
最後に一口大に切った豚肉を入れる。
そのころは部屋の中にいい匂いがしている。

北海道生まれの上重と彼に育てられた真奈美は、大のジャガイモ好きだった。
でかいジャガイモがゴロゴロ入ってないカレーなど、二人にとってカレーではない。
仕上げにカレーのルーを入れると、あとは弱火で煮込むだけだ。

カレーと同じように大きなジャガイモの入ったシチューも、二人の大好物だった。
これが二人を繋ぐ絆と言ってよかった。
他に共通点など何もない。

一週間に一度真奈美は必ず真奈美カレー日を作った。
これを楽しみに上重は帰って来た。
街のカレー屋のカレーなど、彼は見向きもしなかった。

カレーが出来上がり、真奈美が食卓の用意をしていると上重の携帯が鳴った。
すでに食卓に座っていた上重は立ち上がって、上着から携帯をとった。
「なんだ!」

今頃、自分を追うように署から来る電話は、ろくなことがない。
突然、上重が大声を出した。
「なんだとォ!!」

カレー鍋を食卓へ持ってきた真奈美の手が止まった。
「どこだ!」
携帯をしまいながら、上着を手に玄関へ走る。

真奈美も鍋をテーブルへ置いて後を追う。
「来るな!」
上重が本気で怒っていた。

堺のことだ!こんなに怒り狂うからには・・・彼が死んだんだ。
上重は玄関を飛び出し、車に飛び乗った。
ドアへ走る真奈美を置き去りにして、車を急発進させた。

真奈美はそのまま車を追って走り出した。
猛スピードを上げた車は見る見る遠ざかる。
それでも真奈美は走った。

走りながら泣いていた。
堺に何が起きたかわからない。
だが、涙が溢れて仕方なかった。

泣きながら見えなくなった上重の車を、必死で追った。

red18
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